2nd seasonの人生

人生最悪の出来事が起こった時、人間はどう生きるのか。

ザ・デイ・アフター・トゥモロー

夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。

ウォルト・ディズニー

 

***

 

 

 

2030年。どんなあなたでいたいですか?

 

 

 

 

テレビを見ていたら、突然現れた。某車会社のCMらしい。2030年ということは、今から約10年後。僕は2030年に生きていれば27歳だ。大学を卒業して、バリバリ働いて、もしかしたら家庭を持っているかもしれない。パートナーが居なくとも、高校時代の友人と飲み会を開いたり楽しく過ごしていると思う。だが、生きていなければ、冷たい土の中。友人に会うどころか、飲み会するどころか、皆に忘れ去られる日をただただ待つことしかできない。やはり、現実は残酷だ。

 

 

僕は闘病という環境にいる立場上、事実として残念ながら多くの闘病仲間を亡くしてきたし、その後どうしても「残された者」としての深い喪失感に襲われることが多々あった。あるいは、突然大切な旧友を亡くしてしまったということも二度三度ではなく、その度に「彼らが この世界に置いていってしまったもの」「死が不可逆であるが故になされ得なかったこと」についても考えた。

 

彼らがやりたかったこと・成し遂げたかったことは無数にあったと思う。実際、今この瞬間も「あいつならこう言うだろうな」とか「やりたかったんだろうな」と思うことが多々ある。彼らのやりたかったことをやり残したことを僕は何度代わりにしたことか。僕は彼らがやり残したことをする度に心が痛む。

 

 

 

 

 

俺の代わりにやってくれ

あいつのこと、頼む

 

 

 

 

 

代わりにってなんだ!

自分の夢は自分で叶えるものだろ!

 

 

 

 

代わりに叶えたって、死んだ君には届かない。死んでしまっている以上、一緒に叶えることも出来なければ、嬉しさも喜びも幸せも感じることはできない。死んでから「偉大なやつだった」と称えられても本人はどうすることもできない。僕はそんな死後はごめんだ。

 

 

夢は全部叶える

やりたいことは全部やり切る

世間に偉大だと死ぬ前に認めてもらう

伝えたいことは伝えれるうちに伝える

会いたい人には会えるうちに会っておく

 

 

僕は、これを終活だと思っている。自分自身が死ぬ瞬間に後悔しないように、周りに迷惑をかけないように。今まで見てきた戦友(闘病仲間)の無念な死。ご遺族の悲しみ。僕は同じことを繰り返すほど愚かな人間ではいけないし、繰り返したくはない。僕の周りにいる人達に僕と同じ喪失感を味わわせるわけにはいかない。

 

 

今読んでくださっているあなたも例外ではない。もしかしたら飛行機が落ちてくるかもしれないし、交通事故で突然死ぬかもしれない。あなたが死ななくとも、友人、家族、恋人、が突然この世を去ってしまうことだってある。今日元気に会えて遊んだから明日も会える。そんな愚かな考えは早く捨てた方がいい。いつかきっと後悔する日が来る。この人と会えるのはこれが最後かもしれないと思って接するべきだ。

 

 

 

 

 

今日あなたとこの文章を通して出会えたことは奇跡。

ザ・デイ・アフター・トゥモロー

                明後日もきっと会えることを願って。

 

 

明日も生きよう。